2010年5月13日木曜日

書評:どぶどろ

半村良著 扶桑社文庫 



半村良っていうとSFのひとってイメージが強いけど、実はこういう時代物も結構書いてるのね。
『戦国自衛隊』とかも時代物っちゃ時代物だが。

筒井とか星新一とかにハマってた中坊の時分は、半村良の小説もようけ読んでたのものだ。
のだが、本書「どぶどろ」は「時代物? じじむさい」とか言って図書館でも余裕でスルーしてた。
よって、俺の中では「どぶどろ」というタイトルと「半村良が書いた時代物」というレッテルだけが残っていた。

あのころの俺のバカ。
今お前は藤沢周平とか山本周五郎とか浅田次郎とか山風なしには生きられない体になってるっつーの。

それはともかく。

そんなことで「スルーしてた」記憶だけが鮮明に残されてた本書「どぶどろ」を、たまたま近所の書店の文庫コーナーで発見し、何とはなしに購入したのが数日前。


読了して、改めて思った。

あのころの俺のバカ。
いやー、面白かったー。


【以下ネタばれにつき飛ばす】






20~30ページの短編7つ+中篇1つの構成なんで「時代物短編集か?」とか思って読み始めたんだけど、どの話も江戸の庶民の貧しさが生む悲哀と、それに絡む人情とがうまく描かれてる。
だけだと単なる江戸人情もの短編集なんだけど、表題作「どぶどろ」ではこれらの短編の登場人物たちが再度登場し、望むと望まぬにかかわらず、銀座で起こった殺しとそれに絡む大きな陰謀の”鍵”として立ち現れてくる。

ううむ、上手い。

いちおう「昭和ミステリ秘宝」シリーズなんで、話の筋としてはたしかに殺人事件に絡むミステリなんだけど、山東京伝や滝沢馬琴、さらには松平定信や田沼意次といった”有名人”が縦糸、銀座を舞台にした貨幣鋳造とそれに絡む金貸し検校を横糸として展開される人間ドラマがすばらしい。
7つの短編も、それぞれに悲劇的な側面を持ち、それでも生きていこうとする庶民の悲哀が上手く描かれてるんだけど、「どぶどろ」でそれぞれがなしている生業、そして生き様が伏線として投影され、さらには一連の事件の構成要素として立ち現れてくるのだ。

半村良は「権力が爪の先でひねりつぶす庶民たちの、その事件に巻き込まれる前の人生をぜひ書いておきたかった」と述べていたそうだが、まさに7つの短編には、当時の庶民の暮らしの中の感情が描かれていた。
だからこそ、「どぶどろ」でのそれぞれの「働き」が腑に落ち、またそのそれぞれが切ない。

そして「どぶどろ」主人公の「この字の平吉」。
こいつの死に様がまた切ない。
それまで平吉を育ててきた恩人にだまされて真相を知り、世間が泥水のように汚く、そこに生きる人すべてがどぶ泥だと思い詰め、ついにはやけっぱちな行為に走った後、どぶどろに突っ伏して死ぬ。
しかも、いまわの際にはほのかなあこがれを抱いていた女性に裏切られて死んでいくのだ。

それでも平吉は『そうだ、その通りだ。かかわり合いにならないでくれ』と、心に思いながら死んでいく。
本編で「知りたくないことを知ってしまった」ばかりに生きる望みを失ってしまった平吉の、庶民らしい思いが、そこには色濃く流れている。

ミステリとしては特段変わった仕掛けがあるわけでもなければ、真相がはっきりするわけでもなく、むしろ藪の中にぼんやりかすんでいくようなストーリーなので、ミステリのミステリらしいところが好きな人には物足りないかもだけど、人情話が好きな人にはすごくはまる話だと思った。

半村良というと、「何年か前に亡くなったなー」「そういや戦国自衛隊リバイバルしてたな激しくハズしてたみたいだけど」くらいしか思うところはなかったけど、これを機にちょっと読み直してみようかな-。
【そして目の前に立ちふさがる段ボール2箱の積ん読本】

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