さよならもいわずに
上野 顕太郎
自分の愛する人が急死したら?
誰しも一度は想像し、そして想像しきれずに終わるであろうこのテーマを、実際の体験を通じて書き上げられたのがこの一冊である。
作者の上野顕太郎は「帽子男」などで知られるギャグマンガ家で、劇画で不条理ギャグを描くというちょっと不思議な、だけど俺が超好きな作家である。
帽子男はもちろん、ゴル休さんとかスゲエ好き。
少し前に出た「星降る夜は千の目を持つ」で奥さんが亡くなられ、「泣きながらくだらないだじゃれを描いていた」というあとがきを読んで少なからぬショックを受けたものだが、本書はその奥さんが亡くなられてから数日のことをマンガとして書き上げた一冊である。
その描写は生々しく、具体的で、直接的だ。
生きていたころのよすがを思い出すたびに襲ってくる悲しみと、そんなものはお構いなしに降りかかってくる社会的な仕事--それは葬式であったり、仕事、つまりギャグマンガを書くという作業であったりする--が時間を進めていく。
筆者は、着々と精神の平衡を崩していく。
その様もまた、生々しく描かれていく。
帰宅して、妻が「おかえり」と迎えてくれるのが大好きだった彼は、誰もいない家に帰り、何度も「ただいま」と叫び、ついには遺影の前で「なんで返事しねーんだよ!」と叫んでしまう。
もう死んでもいい。
そう思っていた矢先に、しかし、自分に隠れて娘が泣いていたのを目撃する。
娘がいる以上、俺は死ぬわけにはいかない。
自分がしっかりしなければ。
そんな思いと同時に、わき上がる不安。
成人まで、大学卒業まで、結婚まで……一体いつまで?
遺された娘は彼の希望であると同時に大きな足かせでもあった。
いっそ誰かが狙撃してくれないだろうか……
近所を歩きながら、そんなことを考える筆者。
本編は、死んだ妻と筆者が出会った当時の思い出、あるいは筆者が見た夢のシーンで終わる。
突然の死で「さよならもい」えなかった妻が、「さよなら」と言うシーンで。
笑顔でさよならを告げる妻の見開きには、筆者の悲しみと妻への愛おしさがにじみ出ている。
いや、にじみ出るなどという生やさしいものではない。
筆者の情感が塗り込められ、インクの形をとって浮き彫りにしているかのようだ。
そして「さよなら」のあと。
娘と二人で新居に帰宅するシーンが描かれる。
そこには、新しい登場人物--おそらく再婚相手だろう--が、笑顔で「おかえり」と2人を迎える。
妻の死ではじまり、失われた「おかえり」。
それが、新たに「おかえり」を手に入れたシーンで終わるのは非常に象徴的であるように感じられる。
心の動きを赤裸々に、しかし切々と紡ぎ上げるようにマンガにした筆者、そして、それをテーマとしての、ともすれば独りよがりなものになってしまいそうな連載にGoを出した編集氏とO村編集長に敬意を表したい。
やっぱコミックビーム、スゲエよ。
読もう! コミックビーム!
2010年7月30日金曜日
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